狂気の沙汰も萌え次第

雑記ブログのはずが同人女の日記になりました。字書きが高じて今の肩書は記者です。

元気が少なくなった[2023/2/26(日)]

土曜の晩、急に思い立って地元の友達に連絡してみた。そしたら今ちょうど東京にいるからお茶しない?という話になりトントン拍子で合うことになった。出会ったのは中1で、入学当初にたまたま席が前後で仲良くなった友人。高校卒業後から距離的には離れてしまったが、それでもなんだかんだ年に1~2回は会っていて、ここ数年はコロナの影響で会えていなかった。

朝起きて、ワクワクしながら化粧をした。なんならちょっとおしゃれもした。彼女は東京に舞台を見に来ていて、昼公演の前にお茶をする予定になっていた。指定の場所で落ちあい「久しぶり~」キャッキャと盛り上がったのもつかの間「ごめんちょっとDMするね」とスマホを取り出した。そして「ちょっと取引してもいい?」数回離席。いやいや、こっちが無理言ってんだし、いきなりなんだからしょうがないじゃん。向こうには向こうの事情があるんだし、と思い、一人で空を眺めた。
席に戻った彼女に話しかけたが、曖昧な返事ばかりであまり話は盛り上がらなかった。「最近どんな感じ?」と聞くと、「去年から最低月2で東京来てるよー」とのこと。あー、この人の人生の登場人物から私は外れてしまったんだなーと思った。私は地元に帰るたびこの子に連絡していたし、遊びたいと思っていた。そして、コロナ前も東京来てるタイミングはちょくちょくあったらしくて、しかも同じイベントに参加していたらしいことも知った。声かけられてないし、今回も私から誘わなかったら今まで通り合わないままだったんだろうなと思う。ここには書かないけれどほかにもいろいろ言われてついていけないなと思ったし、忙しいところ声かけてごめん…もう誘わないねと思った。その後LINEで「今日はありがとう!またご飯いこうね」とメッセージが来た。ほんとに? と思いながらスタンプで返した。


相手がズレてるというより私がズレてる気がする。オッドタクシーで馬場が柴垣に「今流行ってる映画もドラマも芸人もおもんないって、それお前がズレてんねん!」と言った。多分そんな感じでズレている。でもそれでいいと思ってる。それが誰も傷付けずに私がごきげんでいる唯一の方法なのだから。

怒りは寂しさからきているらしい。自分が大事にされていない、蔑ろにされている、と感じる気持ちが怒りにつながる。今回の件がそっくりそのままあてはまるわけじゃないけど、気持ちはわかった。私は結構相手の事情に合わせて疲れたり、嫌になったりすることが多い。だからせめてそれを無くそうと思って、最近は断ったり、付き合いを選ぶようにしている。自分を大事にしてくれる人と付き合いたい。

年齢を重ねると昔の服が合わなくなるように、人間も合わなくなってくるってことなんでしょうか。生きる場所、仕事、人間関係、趣味が違ってくれば価値観も違ってくるわけで、まぁ当たり前のことだよなぁと思う。最近まじで人間関係が難しい。友人は好きだけど煩わしいときもあるし、孤独も好きだけどたまに寂しい。

その後、いつもの喫茶店に行って作業をしたが調子が出ず、明るいうちに家に帰った。メイクを落として横になったらいつの間にか夜になっていた。疲れと寒さと生理のせいでかなり元気が少なくなっていたみたいだった。いっときの浮かれで行動するとあまり良くない。先週は毎日日記を書いたり、登山に行ったり、完全に躁だった。2月は毎年メンタルの谷で、今年は漢方を飲んだりかなり対策していたんだけど、やっぱりだめだったみたいだ。


読んだ本

村上春樹ラオスにいったい何があるというんですか?」

タイトルに「ラオス」とあったので、一冊まるごとラオス紀行なのかな?と思いきや、ギリシャアイスランドアメリカ、ラオス、トスカナ、熊本の紀行文。冒頭のボストンの河川敷の風景の描写にいかにもなハルキイズムを感じ、ぞくぞくする。癖がないようで癖のある、この文体でしか得られない栄養素がそこにある。遠い太鼓でミコノス島に住んでいた頃を知っているから、再訪したことを知って嬉しかった。相変わらずのんびりと美しい島だ。そして、遠い太鼓の頃から食、音楽、ランニング、映画館、路面状況に関する言及が多めなのが変わらない。ポートランドに一度行ってみたくなりました。そして、ミコノス島、ハルキ島にも。
さて「ラオスにいったい何があるというんですか?」という問いの答えは何だろうと考える。ラオスには川があり、空があり、森があり、そしてそこに暮らす人がいる。私はその風景を、村上春樹の視点による、彼の思考で磨かれた文章から読み取ったのだが、表現に紀行文にありがちな誇張も矮小もなく、本当にそんなんだろうなと思う。熊本のくまモン考も面白かった。


日記を書いていると、どこまで書くかいつも迷ってしまう。
例えば毎朝起きて、パジャマから着替えて、歯磨きをする。でもそれを日記には書かない。そんな風に当たり前の出来事は省いているし、読んでも面白くないかもしれないと思っている。そして個人情報含めパーソナルな部分をあまりにさらけ出すのもどうかと思い、書かないようにしている。でもそれだとただのピンボケした写真を見せているのと同じなのではないか? とも思う。つまりフォーカスの仕方が大事で、もっとうまく切り取れるようになりたいなと思う。


今日は薬のせいで頭がぼーっとして、本当に文章が書けない。参った。本当は金曜日と土曜日にいいことがあったのでその日記を先に書きたかったのだが、まずは泣きたい感情を先に綴っておきたかった。