狂気の沙汰も萌え次第

雑記ブログのはずが同人女の日記になりました。基本毎週月曜日更新。

冬の無題

インフルエンザワクチンを打った。毎年職場でタダで打たせてもらえるから、お守りがわりになんとなく打っている。効果はイマイチ分からず。打った瞬間から腕が重だるくなる。コロナの筋肉注射とも違った痛み。これが冬の到来の風物詩となっている部分もあって今年も冬だなと思う。
最近睡眠がヤバで、夜寝られなかったり、朝起きられなかったりという状態が続いている。しんどい。どう考えてもストレスなんだよな…原因は。そういえば去年の今頃も耳おかしくしてたから、11月下旬はストレスの波が来るのかもしれない。2月頭、5月中旬、9月中旬、11月下旬が個人的要注意ポイント。ゆっくり休もう。最近全然自炊できていない。食材もだめにしちゃってるのでどうにかしないとなと思う。冬は自炊のハードル上がる。


すずめの戸締り2回目を見る。日本語字幕版を見たので、詠唱シーンがすんなり頭に入ってくる。自分は文字比重の人間だから字幕があった方が助かる。環さんの「さっきあんたに言ったこと、ずっと心の奥底で思ってた。でも、それだけやないよ。全然それだけやないとよ」に魂を救われる(2回目)国生さゆり河合奈保子斉藤由貴松田聖子あたりをバリバリきいてた世代って環さんよりもっと上だよな、と思うけど、それらの曲を「懐メロ」とまとめてしまえる世代がすずめや芹澤なんだろう。ラストバトルは結局力業だよなと思うし、結局すずめのうっかりが引き起こしたことをすずめ自身がカタをつける話なのでは? とも思うが、すずめ自身だけではなくいろんな人も救済していった旅だから(迷惑もたくさんかけたけど)よかったんだろうだろうなと思います。
そういえばスラムダンクの公開前は3Dも声優も散々非難されていて可哀想だったな。リョーマ!の時みたいにオタクが手のひら返すだろうなと思っていたけど、やっぱり手のひら返してて萎える。



原稿は2回目の推敲(紙推敲)が終わった。今回、紙の赤字をテキストに打ち込んでいく作業が全く区ではなかった。何故?推敲作業の苦痛さが打ち込みの苦痛さを上回ったのかもしれない。1か月以上前に書き上げたラストが奇しくもすずめの戸締りのラストみたいになってしまったので台詞のニュアンスを変える。なんか恥ずかしかった…

2022年も締めくくり!ということで並行して2022年まとめ記事も書いていくぞ!えいえいむん!
今年図書館で借りた本は今日までで110冊ということでした(※漫画含む)7ヶ月でこんなに読んだの初めてだ。自分で買った本も合わせると、2022年後半は下手すると1日1冊ペースで本よめたのではないか? ブログに感想書けなかった本だっていくつもある。

親が何してたかわからない

寝る前に思い出したんですが、自分が生まれる前の親の生活をよく知らない。私が生まれる数年前、親と兄の3人がうつった写真を見た時に(あれ?これどこだ?)って写真があった。知らない家の中で、知り合いか親戚の家かな?と思ったら「ああ、これは栃木に住んでた時の家だね」と言ってた。父親が結婚前に大阪や横須賀で働いていたことは知ってるが、栃木の話は全く聞いたことが無くて驚いた。でもなんで栃木に住んでいたのか、どのくらい住んでいたのかは聞けなかった。親に自分が生まれる前の生活を聞くっていうのがなんとなく憚られる。別に壮絶な人生を歩んできたとかではないはずなんだけど…親のキャリアパスについて全然知らない。


読んだ本

坂口恭平「自分の薬をつくる」

悩みというのは「その人独自」のものはひとつもなくて、みんな同じような、普遍的な悩みを持っている。ところどころ「そんな簡単にいうけどさぁ…」と思うけど、その気軽さやいい意味での他人の視点感に救われる。やりたくないことはやらない、行き詰まったらアウトプットする、ネットを見ない、タイムスケジュールを引いてルーティンをつくる(定時、定量、定数)、早寝早起き。

宇佐美りん「推し、燃ゆ」

どういう話か全く知らなかったんだけど、タイトル通り推しが炎上(燃える)した話。「推しが燃えた。ファンを殴ったらしい。」という書き出しが最高。推しが自分の背骨となって自分を活かすという感覚、分からないけど分かる(人はそれを依存と呼ぶ)。それを業と表現する豪胆さ、あっぱれ。おだやかな退廃と喪失が鮮やかに描かれている。作中にSNSオタク女構文が出てくる。
コンビニ人間、卵と私、推し燃ゆ、あくてえ等を読んだ読後感が似ていて、これが芥川賞(候補作)…と思う。N/Aも読みたいが、まだ図書館の順番が回ってこない。

宮崎智之・山本ぽてと「言葉だけの地図」

本屋までの道のりを言葉だけで書き記す企画。駅前のモスバーガー一つにとっても高校生・青春にまで思いを馳せられるのですごい。例えば「駅の西口に出たらクリーニング屋さんを右に曲がって、しばらく歩くと左手に見えきます」で済んでしまいそうな道案内も、景色と記憶のレイヤーを掘り下げていくことで、その人にしか見えない鮮やかさみたいなものが浮かび上がってくるんだなと思った。
知ってる本屋と知らない本屋が混在していて、足を運んだことのない本屋にも行ってみたいと思う。

東畑開人「心はどこへ消えた?」

文春での連載中はまさにコロナ真っ只中。作者の軽やかな口調からも、コロナ初期の世間の切迫感や絶望感が伝わってくる。「妬み」と「嫉み」の話が良かった。(イケメンに対して「いいよなイケメンは」というのが妬み、「あんなの全然ブサイクじゃん」というのが嫉み)ところどころカウンセリングの話が入るが、そもそも東畑氏のクリニックのカウンセリング料は庶民からすると高額なので、何回もカウンセリングを受けれる時点で上級なんちゃらなのでは‥‥と穿った見方をしてしまう。でも悩みは普遍的なもの。著者が週刊連載に疲弊しきって休載を考えたものの、読者からの反応によって癒される回が人間味があってよかった。心は形として見えないが、その手触り位なら捉えられるようになるんじゃないか、と本書を見て思う。


www.youtube.com
ふつくしい


かえでぃー卒コンライビュ外れました…外れることってあるんだな…おとなしくテレ朝chの配信を見ます。