狂気の沙汰も萌え次第

雑記ブログのはずが同人女の日記になりました。基本毎週月曜日更新。

互助会を抜けても互助会の悪口を言ってる奴らは何なんだ?

インターネットでよく目にする「互助会の悪口」ですが、互助会という言葉が浸透するにつれて不満のレパートリーも増えているように思います。

愚痴を大きく分類すると以下の3つに集約されます

① 人間関係疲れた系(上下関係、身内ネタ、空リプ、密すぎる交流etc…)
② 外野の絵馬字馬を無視して絵下手字下手をほめちぎってるのあほらしい系
③ フォローorリム、ブロック、RT、いいね等の数字係

最近はそこから派生して、「互助会を抜けて一人で活動するようなった創作者による互助会の愚痴」を多く目にするようになりました。

大きく分類するとこんな感じ
A:互助会を抜けたとたん反応されなくなる等の怒り、嘆き系
B:「互助会で褒め合ってる奴らは一生下手」「あんなとこ抜けてよかった」等の嘲笑系
C:「互助メンから反応されなくても推しのために絵を描く」等の自己鼓舞系

嫌だから互助会抜けたのに、その嫌いだった互助会から反応されなくて怒ってんのってどういう気持ちなんですかね。自分は反応しないけど、みんなは私の絵を見てねってこと? 別にそのスタンスは間違ってないと思うけど、互助会に怒るのは違うだろと私は思ってしまう。だって反応されないのは分かり切った結果なんだから。嫌いだった人たちに褒められても微妙な気持ちになるだけじゃない? 見返したいってこと? 自己鼓舞系も酸っぱい葡萄にも似た何かを感じています。
「互助会で褒め合ってる奴一生下手」は、自分は互助会員を蔑むことができる=だから自分は優秀で上手いってことなんですかね。
せっかく自由になったんだから、自分から見切りつけた相手のことなんて考えずにやりたいこと楽しいことだけ考えとけばいいのに…と思いつつも、自分が嫌な気持ちになる人のことをぐるぐる考えてしまう気持ちもわかる。多分水疱瘡みたいなものなのかもしれない。一度かかればもう一生かからない。でも、熱が出てるときは苦しいし、熱が下がった後も自分を苦しめた水痘の跡を触ってしまうような。

自分の理論からいくと自分も「『互助会を愚痴ってる元互助会員』を愚痴ってる壁打ち」でしかないんですよね。オタクの自意識過剰な深淵を見ると疲れる。しかしそれについて考えることによって、多少はダメージが減る気がしますね。そして、水木しげる先生の幸福の七か条にある「他人との比較ではない、あくまで自分の楽しさを追求すべし。」はやっぱりいい言葉だなと思うのです。孤独を頑張るぞ!