狂気の沙汰も萌え次第

雑記ブログのはずが同人女の日記になりました。字書きが高じて今の肩書は記者です。

自分の内側から世界を見る

ブルーライトカットメガネ(度無し)が手離せない。そもそも私はコンタクト愛用者であり、朝起きてから夜寝るまでずっと2weekのコンタクトをつけている。今までは基本、PCをみるときのみブルーライトカットメガネ着用していたが、最近は何を見ても眩しく感じてしまい、風呂、料理、睡眠時以外はほぼ常にかけている。にもかかわらず!!!今朝家を出る際にかけ忘れてしまい、久々に死にかけた。イヤホンを持たず家を出たときのような居心地の悪さを感じる。ガラスの板一枚隔てているだけで、自分と外界との境界が強くなっていたことに今更気づく。守ってくれ……俺を……外界の刺激から……
とにかく目が痛い。疲れる。ここまで生活に支障があるならドライアイかもしれない。近々眼科に行かなければならない……健康は大事。そもそも会社のディスプレイが見にくいのが悪い…いくら調整してもベストにならない。本当に目が痛い。やるぜ…おれはやるぜ…退職を。


後述するが、週末は映画を二本見た。日中作業→家事→映画という実に村上春樹的な生活。寒暖差が大きくてあんまり活発に動きたくない思ってたので、このくらいの活動でも案外疲れた。帰宅してすぐノートに感想をまとめる。近頃、感想はgoogle keepに書く→ブログに書き写すというデジタルで完結する形でまとめていたが、ノートにフリーライティング形式で書いていくと考えがまとまりやすくていいことに昨夜気づいた。実はちょうど一年前くらいまで、見た映画や本のストーリーや構造をノートに書いていたのだが、途中から義務的なものになってしまい書くのをやめていた。多分、それは自分の感じたことや快・不快について深く考えるのではなく、表面的な流れや感情ばかりにフォーカスしてからだと思う。今回は感じたところをざっくばらんに書いた。これなら続きそう。


週末の日記

夜、蒼穹のファフナーHEAVEN AND EARTHを見るために新宿へ。映画の時間までピカデリーすぐ横のDUGに入る。ずっと行ってみたかったジャズバーなので来れてよかった。階段を降りるたびに聞こえてくる音色が大きくなる。席について天井を見上げると黒が鈍く光っている。元々、黒く塗られているものなのだが、何十年も紫煙に燻されてつづけたせいで、深く渋みのような色をたたえていた。かっこいい。
ノンアルコールカクテルを頼む。ブルーキュラソーがはいっていて爽やかな味。パソコンを開いて作業をしはじめたが、場に酔ってしまったらしく、キーを叩いた感覚が完全に酔っぱらってるときのそれだった。しばらくそんな感じでやっていたが、半分酔っぱらってるようなもんだし、あきらめて酒をオーダー。XYZをもらう。千葉雅也の「オーバーヒート」に出てきた酒だ。飲み屋には行くけど最近はビールやワインばかりだったので非日常感がうれしい。はじめて飲んだXYZはとても美味しかった。最近鬱々としていたので、すっきりした酸味と苦みが脳みそにしみる。苦い酒はうまい。いつも酒を飲むと本当に作業が出来なくなるのに、今日に限っては酒を飲んだあとも筆は進んだ。後で消すことになるかもしれないけど、まあいいやと思う。カクテルのメニューが豊富だったので、また来たい。

見た映画

蒼穹のファフナー HEAVEN AND EARTH

リマスター版上映。いつか劇場の大スクリーンで見たいと思っていたので見ることができて本当によかった。空の描写が美しく、それに応じるかのような斎藤恒芳さんの音楽が最高。斎藤さんの音楽はオオケストレーション+ピアノの曲が多く、劇場で聞くと聞きごたえがある。誰もが痛みを抱えながら生きながらも、いつだって対話を選び続ける。その姿勢に感服。それはBEYONDまで受け継がれ続けた意志である。来年のBEHIND THE LINEも楽しみです。
個人的に小林沙苗さんのハスキーな雄たけびが大好きで、劇場で聞くことができてよかった。カノンかわいい。

花様年華(2000年・香港 王家衛監督作品)

衿の立ったタイトなチャイナドレス。雨。タクシーのひとときの密室。曖昧な時間と曖昧な関係。
トニー・レオンがひたすらかっこいいのにひたすら煮え切らない。プロローグとエピローグの字幕が全てそれを物語っている。不倫、たけどプラトニック。お互い自分の役目や役割を理解していて一歩踏み出せない。ままごとのような恋愛。ごっこ遊びがヘキなので、かなりヘキにきた。「そんな言い方は夫はしないわ」「ほかに女がいるのね?」「泣くなよ、ただの練習じゃないか」二人の逢瀬ではBGMで何度も同じナット・コール・キングの音楽が流れる。ふたりが不文律を律義にまもるのを隠喩しているようだった。
パートナーに浮気されていることを勘づきながらも、証拠がなければ確信することはできない。人間は自分の内側からしか世界を見れない。花様年華は「人生で最も美しい瞬間」という意味。このふたりにとっての美しい時間がこの映画の中の時間だとすると、それは極めて主観的であり、だからこそ自分で大切にできる思い出なのだと思う。
「昔の人は大木に穴を掘ってそこに秘密を囁く。そこを土で埋めて永遠に封印する」と言い伝えを話すシーンは、ブエノスアイレスのテープを岬に捨てる話、欲望の翼の足の無い鳥の話、恋する惑星のパイナップル缶の話を思い出す。生きるためのおまじないみたいなものがあると楽になるし、映画としてのエッセンスにもなる。弱い人と弱い人が出会うと必然的にこうなるよね、というのをウォン・カーウァイは見せてくれるような気がする。どんでん返しはなく、あるのは必然のみ。
あと、ずっと思ってたけど中国人のバイバイの言い方がカワイイ(babbai、って感じ)


声が疲れてる(笑)

読んだ本

思弁的実在論と現代について: 千葉雅也対談集

まだ読み途中。イケメンについて考えた対談で、ジャニーズJr.が沢山出演するコンサートのセットを「ショタ曼荼羅」って読んでてワロタ。もう曼荼羅にしか見えない。喜多川氏の目指すものとか思想的なものもひっくるめてあれは曼荼羅に違いない。
いとうせいこうとの対談も良かったですね。過剰接続と限定化。いとうさんが「小説が書けないとき、タクシーでたまたま流れてきたラジオですら小説に関係あると思ってた」って言ってたんだけど、その気持ち分かるなぁと思った。書けないときって身の回りのヒントを見逃すまいと過剰に情報を摂取してしまう気がする。

芸術ウソつかない:横尾忠則対談集

ビートたけしとの対談が面白かった。「直感のままにドーンとかバーンとかそういう画が撮りたいのに、常識や感覚に矯正されてしまう」話がわかるなぁと思った。菊次郎の夏は「友達をデジカメで撮るみたいに撮った」と聞いて納得。だからこそカメラマンと結構喧嘩したらしい。井上陽水との対談で「僕の友達に奥田民生ってミュージシャンがいるんですけど…」って言い出したときは笑ってしまった。民生は誰でも知っている。
横尾さんもたけしさんも井上さんも、全員自分や自分の作品に気恥ずかしさみたいなものを感じているみたいでいいなと思った。


積読彼岸花の咲く島、死にがいをもとめて生きているの、は少しずつ読み進めているが、果たして返却期限まで読み切れるのか…彼岸花~は作中に変わった言語が出てくるので、読むスピードがどうしても落ちる。というか、今本読みたいけど読めない時期になってるっぽい。読めるときはほんとに一気に読めるのにな~。まー仕方がない。だからこそ対談集とか軽めの本が楽しい。あと、先日図書館で借りたアメリカ紀行が良かったので、買いました。



声が楽しそう。やっぱり声は嘘をつけない。


原稿は普通に今月で初稿が上がりそう。ヤッピー!このまま波にのって書き上げたい気持ちと、一度落ち着いてからリスタートしたい気持ちが両方ある。最近ずっと落ち着かないので…色々と感謝の気持ちが足りないから、毎日感謝の正拳突きでもしようかな…1万回は流石にできないので100回くらい。

ということで正拳突きをしてから誕生日に貰ったINEDITを飲みました!シャンパンのようなさわやかさと芳醇さ。これ単体で飲んでも料理と一緒に飲んでもうまい!!



脳みそが暇になると、答えのない答えを求める考えが止まらなくなってしまう。そういうときは「あ!また考えすぎちゃった」って声に出すと思考が止まることに気づいた。ちなみに考えていたことは、腐垢でのタグ使用と検索避けをどのレベルでするのかが、宣伝の効果を一定量維持した上で一番他者からの「叱られ」が発生しにくいか、でした。ろくにTwitterやってない私が考えたところで…なんですが、ステータス調整してクリアしてくバトルみたいで、面白いじゃん…