狂気の沙汰も萌え次第

雑記ブログのはずが同人女の日記になりました。

口の中が傷つきやすい

粘膜が弱いのか、単に食べ方が下手なのか分からないが、とにかく口の中が傷つきやすい。特に弱いのが上あごで、焼きたてのチーズトーストを食べようものならすく皮がベロベロにむけてしまうし、フランスパンをほおばれば硬い部分ですぐ口内炎のような血の塊ができる(痛くはない)。今日も煎餅を食べてズタズタになってしまった。でも好きなんだよね。熱い料理も硬い食べ物も……私はこれからも口の中をズタズタにしながら食べ物を食べます。

文化の日の日記

とにかく暑い。先週冬みたいだったのが噓のよう。半袖で外に出ても全く寒くなくて、気温を見ると24度だった。11月に半袖で出かけたのは人生で初めてかもしれない。気になっていたカフェに入ってパソコンを開き、小説を頭からゴリゴリ推敲していく。どうせ直すんだし、ここまできっちり書かなくてよかったんじゃないか?と思うが、きっちり書いたことで間違いに気づきやすくなった部分も確実にある。推敲は一番好きで一番嫌いな作業。ブラッシュアップを重ねるごとによりよくなっていく喜びを感じるのと同時に、自分の拙さ・なけなしのプライド・締切と相撲を取り続けなきゃいけない。楽しいけどしんどい。
今回、原稿をGoogle Documentsで管理している。このツールには致命的な欠点がある。それは選択範囲を再変換できないこと…このせいで作業効率が落ち気味になっている。しかも今回の小説の頭は本当に同人臭さが抜けていないから書き直しレベルで推敲しなければならない(トホホ…)。いっそ推敲ではなくて、プレーンな状態から書き直していった方が早いのでは?と思うが、それをやる勇気がない。これは単に自分がビビリだからで、書いてるうちに違う内容になってしまうのが怖いから。思い切ってやってしまえば案外楽に終わるのかもしれないけど。
最近、寒暖差が激しかったこともあり体にかなり疲労がたまっていた。そのせいか早々に集中力が切れてしまったため、残った時間で頭を使わなくていい作業に移る。校正ツールを用いてあからさまな誤字脱字を修正していく。これで推敲の効率も少し上がるだろう。文庫のテンプレートに流し込むと表紙込で176Pになった。推敲が終わる頃には200Pくらいになると思われる。

夜から好きな文筆家のトークイベント。雰囲気のいい書店が会場。新本と古本両方取り扱っているのがいい。
月並みだけど(ここにいる人全員本が好きで、登壇者のことが好きな人たちなんだ…)と思った。制作の裏話や著書に対する姿勢、おすすめの本などいろんな話を聞けて良かった。終了後に直接感想の手紙を渡し、あれこれ話をした。終始感激しまくりで、ほくほくした気持ちで帰路につく。かなり勇気を貰えた。



金曜。昨日の心地よい疲労感とは別に、寒暖差疲労の疲れがしっかり残っている。花粉のせいもあって全く頭が回らない。こんなときにやっても作業の精度は落ちるので本を読む。青空文庫から夏目漱石の「硝子戸の中から」をチョイス。夏目漱石は案外お人よしだった。終始立ち込めている厭世的な雰囲気がよかった。

疲れてるので酒を飲む。やまなしワインのくらむぼん 甲州を開けた。くらむぼんの名は宮沢賢治の「やまなし」から取られていて、ラベルは作中に登場するカニ。そのほかに梨やカワセミ、ヤマメのラベルの商品もあった。甲州はフルーティーな辛口。おいしい。もう辛口の白ワインしか飲みたくなくなるくらいおいしい。ワインと一緒に発売したばかりのケンタッキーのレッドホットスティックを食べる。組み合わせ的には微妙かもしれないが、食べたいときに食べたいものを食べるのがいちばんなので…レッドホットチキンの手羽元版で、辛さとザクザクの食感はそのままに食べやすくなった。が、やはり本家のジューシーさには敵わない気がした。デカいチキンにかぶりつきたい…ザクザクの衣おかげで口の中が少々ズタズタになったが、名誉の負傷ということにしておく。それくらいレッドホットチキンは美味しい。


日記を書こうとしても全然頭が回らない。若干支離滅裂感があるが、許してほしい。そういえばこの回のラジオも支離滅裂だった。

という感じで、久々に短い日記でした。

平熱で書く⇆休む

土曜の日記

朝起きて1時間程散歩。30分程度の予定だったが、天気がよく体も軽かったので長めに歩いた。そのまま植木の片付け。もうすぐ冬になる。身支度をして神保町へ。10月29,30日神保町ブックフェスティバルが開催されていた。神保町につくととにかく人がすごい。古本だけでなく版元が直接出店して安価に新本を売っていたりした。小さいブースがいくつもあってコミケみたいだと思う。でもコミケほどの秩序もなく(ワゴンセールみたいな感じだから当然ブースの前に人だかりができる)人に酔ってしまった。やっぱり自分はイベントごとは苦手な人間なのかもしれない。古本を買いあさるのはまた今度にしよう…とカフェで少し休む。すると店に入った時点で結構時間が経過していることに気づき、上野へ移動。神保町から上野って近いのに微妙に行きにくい。街ゆく人の数も多く、どこか浮かれた雰囲気がある。(ちなみにさぼうるをはじめとする神保町の純喫茶はどこも行列だった。恐るべし)

都美の岡本太郎展へ。当日分のチケットはすべて完売と入口に書いてあったから混んでるかな…と思ったが、時間帯で人数調整している美術館側もプロ。鑑賞が困難にならない程度のちょうどいい込み具合だった。どれも迫力があって圧倒される。駄々っ子、森の掟、悩ましき腕を生で見られて感激した。音声ガイドに「貴方に贈る岡本太郎の言葉」という項目があって、再生すると「NOと言う勇気を持て!」という旨が阿部サダヲによって語られていた。勝手に勇気づけられる。物販で図録とフィギュアとタローマンカードを買う。タローマンアクスタガチャもした。かわいい。
開場を出るとちょうど閉館間際だった。そのまま御徒町まであるいて夕食。ラジオで語ったがこれがいつものコースで、上野で展示を見たあと御徒町ポポラマーマ・バルで一杯やるのが本当に好きだ。おいしいんですよ…本当に…最近人と食事していないので、誰かと酒を飲みたいなと思う。


日曜の日記

10時前に起床。久々に朝寝坊をした。掃除をしたり朝ごはんのような昼ご飯のようなもの(シリアル)を食べて、しばらくぼーっとする。無駄といえば無駄な時間だが、必要と言えば必要な時間。重い腰を上げてロードバイクの整備をしてから外に出る。レーパンは履かず、普段着で乗る。なぜならレーパンを着ると頑張らなきゃと思ってしまうから。でも楽をするためにビンディングシューズは履く。よってヘルメットもアイウエアも装着。近所を15kmほどポタリング。途中、いい感じのお菓子屋さんを発見したがマスクを忘れたので買い物ができなかった。また今度行こうと思う。

家に帰って軽い昼食。たまに料理でもするか…と思って材料を揃えたはいいが結局料理してないので、材料が傷みそうになっている。本当はピーマンの肉詰めを作りたかったんだよなぁ…と思いながら冷凍できるものは冷凍して結局おにぎりを握って食べた。

昼過ぎとも夕方とも言えない時間から原稿をやる。ラストシーンにつけたししていく。2時間くらい作業したのかな。集中力がきれたところでタバコも切れた。気分転換がてら外に出る。18時前なのに真っ暗で季節の移ろいを感じる。近所を歩いている途中、子供たちがきゃっきゃとはしゃいでる声がして、声のする方を見ると、ハロウィンの仮装をした子供たちがお菓子を貰って回っていた。正統派のハロウィンを初めて見てうれしい気持ち。それにしても10月…終わるのか。自分で自分を振り回した月だったな…。
タバコ屋でタバコを買う。コンビニでも買えるけど、地元を応援する気持ちでタバコ屋で現金で買うのを習慣にしている。自戒を込めて…月約5000円のタバコ代を安いと見るか、高いと見るか。主にストレス発散やリフレッシュの目的で吸ってるから…増税前にカートンで買ったが結局自分の銘柄は値上げを免れたらしく、10月でも今までと同じ値段で買えた。たばこ屋のおばちゃんは愛想がいいときまっているのはなぜだろう? 前住んでたところのたばこ屋のおばちゃんもすごくいい人だったし、今通っているところもやさしいおばちゃんだ。家に帰って冷凍餃子を焼いて食べる。8個焼いて4個食べた時点でなんかお腹いっぱいになる。休日はきっちり一人前の食事をとらず、ちびちび何かをつまんでばっかりな気がする。酒を飲みながら布団の中で原稿の続きをやってから寝た。布団の中でやるのあんまりよくないよなぁ…と思いながらも、リラックスできるので最近ハマっている。これで初稿が出来上がった。



今回は本当に「同人小説から同人くささを脱臭した文章」を書きたいと思って書いた。書いているのは同人小説なので同人小説以外にはなりえないのだが、どうにかして同人小説くささを抜きたかった。一般小説みたいになりたいわけじゃない。どうして「くささ」を抜きたいと思ったのかというと、読み返したときに自分で恥ずかしくならないためだった。自分の小説に同人っぽい表現や要素があるとどうにも恥ずかしくなってしまうので、それを排除すれば読み返せるようになるのではないか?という淡い期待が込められている。あとは、好きな小説書きの人が同人小説臭くない小説を書くから真似したい、という気持ちもある。
とりあえず11/3くらいまでは休むことに撤したい。休むのは一旦頭をリセットするためなので、息抜き原稿もやらないつもり(何か湧いてきたらやるけど…短歌とか)そういえば今月は原稿につきっきりになってたわけじゃなかった。映画見たり積極的に休んだりしてたから、休みすぎるのもどうかなぁと思うけど、直感に従う。今の状態じゃなくて一回インプットしてから推敲したい。終わらせて、休む。その繰り返し。
今からお品書きをつくったりすることを考えると気が重いが、考えても仕方のないことなのでやる時まで考えない。デザインのことが好きなのに、如何せんセンスがないからデザインに対する苦手意識が強い。今回はシンプルな感じにしたいと思う。それこそセンスが出るから難しくねぇか?と思う。

まぁでも、しいたけ占いも「11月に入るまで、天秤座は色々とモヤモヤしてしまうことも多かったかもしれません。でも、11月はすごく爽やかな風が吹いてきて、よい意味であなたは調子に乗っていける」と言ってたから大丈夫じゃないですか?

余談ですが、千葉雅也はしいたけ占いの悪口を言ったりしながらもほぼ毎週チェックして反応しているので、かわいいなと思う。

文体がキショいな…というのは自分も感じていた。でもうまく言語化できず、もやもや思ってた概念を見事に言語化していて衝撃を受けたんだった。まさに「共感の先取り」の文章だと思う。しいたけ占いも「しいたけ占い構文」があるよね。「あんまり構えないで聞いてもらいたいんですが」とか「~なんですが」を多用している気がする。ラストは「○○してみて」「思いっきり言っちゃって!」等「~て!」で締める。



見た映画

2046(2004年・香港・王家衛

花様年華の続編。おじさんになったトニー・レオンの湿っぽい色気がすごい。そしてこの映画にはキムタクが出演している。映画は木村拓哉の日本語のモノローグから始まる。香港映画から日本語が聞こえてきて不思議な気持ちになった。古いスーツを着て、ぴっちり七三分けにしたキムタクは日本映画じゃ見れないだろう。
2000年代のプレステみたいなCGが自分の中で最早レトロフューチャー化している。2046は「誰もが失われた過去を求めてここに来る。ここは時間が進まないから」というSF世界。欲望の翼の設定も多く散りばめられている。それにしても2046に登場する女性たち、全員美しくてかわいい。ルルは現実世界よりアンドロイドの銀髪の方が似合っていた気がする。物語が進むにつれて現実と2046の境が曖昧になっていく気がした。黒蜘蛛とのキスシーンがエロかった。


読んだ本

小沼理「1日が長いと感じられる日が、時々でもあるといい」

文フリで買った本を書店で手に取る嬉しさ。書下ろしの「私はエラー」「鍵をかけない部屋」が良かった。自分の考えてることを知りたい、とか、書いたことよりも書けなかったことの方に意識がいってしまうの、わかるなぁ。

積読

いとうせいこう「想像ラジオ」「ノーライフキング
・思弁的実在論と現代について: 千葉雅也対談集
・東畑開人「居るのはつらいよ」
・ソン・ウォンピョン「プリズム」
沢木耕太郎「一号線を北上せよ」


積読が多すぎるので早く読み切りたいです。全然おいつかない…。結局「彼岸花の咲く島」と「死にがいを求めて生きているの」は読み切れずに返却してしまった。読みっぱなしじゃなくてちゃんと読書ノートも書きたいんだけど…なかなか…スマホの時間をなんとか書く時間にあてたいな。今週は移動時間でトークイベントの配信やらナニワ金融道やら見ていたのでスクリーンタイムが長かった。



www.youtube.com
juiceのみんなの声が!!楽器!!!!!
モーニングの新曲「Swing Swing Paradise」もめちゃくちゃよかったですね。加賀さんがひっぱるモーニングを…見たかった…


シズラーに行って野菜をたくさん食べたい…そういえば近所で行こうと思って結局行ってない場所が沢山あるのでそこも行きたいですね。近すぎる(隣駅とか隣の隣の駅くらいの範囲)と逆に行かない現象が私にはあるんですが、なんでなんでしょう。出かけるのはまぁまぁ好きだけど基本的に出不精である…

すごくどうでもいいんですが、自分は曜日ごとに食べるものがおおよそ決まって、月曜夜は麺の日なのでブログを更新しながら麺を食べています。今日は初めて作った高菜とツナのパスタです。

https://radiotalk.jp/profile/679990/questions/create%20
何かあればこちらまで

初稿があがる/嘘じゃない

初稿がほぼ上がった。
正確に言うとところどころまだ穴抜けしている部分があるので、週末でそこを詰める予定。穴抜けはシーンの断絶ではなく、数箇所の地の文、言い回し、比喩などどうしても思い浮かばなかった部分。(★主人公、背を向けて歩き出す)のように、あらかじめ加筆する部分を★印でマークしている。その★マークが消えたら初稿が完成する算段である。後半部分に星が多いが前半に星は全くない。きっちり詰めながら書いていた証拠だ。それが変な方向に響いてないことを祈る。


今回の本は書いている時間自体はすごく短かい短期集中型。そのかわりずっと内容について頭で考えている時間が長かった。これって段取り八分、仕事二分…ですか? といっても、段取りをし過ぎると仕事の柔軟性が無くなり、思わぬところで躓くので、執筆に関しては段取り六分くらいにしとくのがいちばんいいのかもしれない。今回、萌えの炎を燃やして熱中して書き続けるというよりは、筋書き通りに冷静に淡々と書いた。筋書きに納得いかずに筆が止まったこともあったが、その時も淡々と方向修正できた。ずっとタスクを終わらせていく感覚があった。
Google Keepに記録してた文字数を同人用の手帳に書き写す。そうすると毎日書いているのではなく週に4〜5日位のペースで書いていることが分かる。文字数も日によってまちまちだったことが可視化される。0文字の日は仕事をしたり、本を読んだり、映画を見たり、休んだり、運動したり、色々あったはずなのに、スケジュール上では空白の日に見えてしまうのがなんかもったいない。一日の活動についてもっと包括的にまとめたい。前は手帳に一日の実績を書いていたが、今年は型番の違う手帳を買ってしまったためうまくまとめられていない。なので週末は手帳も買いに行く予定。

4万字書いた時点で(こりゃあ8万字くらいになるな…)と思っていたが、その予想が当たってちょうど8万字くらいになりました。無意識的にそうしてしまったのかもしれないが…経験からこれはこれくらいで終わるな、というのが分かるようになってきて嬉しい。推敲するとなんだかんだ+2割くらいの字数になるので、恐らく10万字いかないくらいのボリュームになりそう。(文字数自慢じゃなくこれは自分の記録用の日記なので…)わ〜〜〜……まぁいけるだろ。えいえいむん!


前半部分書いたのは半年前になる。推敲はかなり骨が折れるだろう!そんな確信がある。前半と後半で語調をそろえたり、矛盾点を消したり…(ひよってる奴いる?)ともかく、断絶の期間を除いては割と気楽に書けていたから推敲も気楽にやる。書かないで書く。推敲しないで推敲する。でも断絶の期間ずっと悩んでいたのも嘘じゃない。


日曜日は久々にロードバイクで野を駆け巡りたいと思います。気力が無ければいつものコース、気力があれば新規コースで。新しい道は楽しいけど神経使うから…とにかく運動をしたい。そういう気持ちです。最近プールにも行けてないし、運動、したい!!最近本当に寒い。ニュースでは12月下旬並みの気温と言っていた。風がないことがまだ救いだが、秋なんてまるでなかったのような日々になっている。そういえば、いつも秋って何してたっけ…と思い返す。なんだかんだ遠出したり、外で遊んでいたことが多い。旅行支援もあるし、マイルも溜まってるし、11月はちょっと遠出したい気持ちがある。スケジュールを開けておくよりところどころ埋めておいた方が結果的に原稿を早く書けるのもあるし。なんとなく、関東圏を出て中部や関西に行きたい気持ち。行けるかどうかは置いといて……土曜日は楽しみにしていた岡本太郎展にいきます!

積読

沢木耕太郎「一号線を北上せよ」
・小沼理「1日が長いと感じられる日が、時々でもあるといい」

久々に速度制限がかかるほどスマホを使ってしまった(ナニワ金融道無料配信のせい)。速度制限のせいで漫画の読み込みが遅く、モザイクがかかったように表示されてしまう。いかがわしい漫画を読んでるみたいな気分になる。

自分の内側から世界を見る

ブルーライトカットメガネ(度無し)が手離せない。そもそも私はコンタクト愛用者であり、朝起きてから夜寝るまでずっと2weekのコンタクトをつけている。今までは基本、PCをみるときのみブルーライトカットメガネ着用していたが、最近は何を見ても眩しく感じてしまい、風呂、料理、睡眠時以外はほぼ常にかけている。にもかかわらず!!!今朝家を出る際にかけ忘れてしまい、久々に死にかけた。イヤホンを持たず家を出たときのような居心地の悪さを感じる。ガラスの板一枚隔てているだけで、自分と外界との境界が強くなっていたことに今更気づく。守ってくれ……俺を……外界の刺激から……
とにかく目が痛い。疲れる。ここまで生活に支障があるならドライアイかもしれない。近々眼科に行かなければならない……健康は大事。そもそも会社のディスプレイが見にくいのが悪い…いくら調整してもベストにならない。本当に目が痛い。やるぜ…おれはやるぜ…退職を。


後述するが、週末は映画を二本見た。日中作業→家事→映画という実に村上春樹的な生活。寒暖差が大きくてあんまり活発に動きたくない思ってたので、このくらいの活動でも案外疲れた。帰宅してすぐノートに感想をまとめる。近頃、感想はgoogle keepに書く→ブログに書き写すというデジタルで完結する形でまとめていたが、ノートにフリーライティング形式で書いていくと考えがまとまりやすくていいことに昨夜気づいた。実はちょうど一年前くらいまで、見た映画や本のストーリーや構造をノートに書いていたのだが、途中から義務的なものになってしまい書くのをやめていた。多分、それは自分の感じたことや快・不快について深く考えるのではなく、表面的な流れや感情ばかりにフォーカスしてからだと思う。今回は感じたところをざっくばらんに書いた。これなら続きそう。


週末の日記

夜、蒼穹のファフナーHEAVEN AND EARTHを見るために新宿へ。映画の時間までピカデリーすぐ横のDUGに入る。ずっと行ってみたかったジャズバーなので来れてよかった。階段を降りるたびに聞こえてくる音色が大きくなる。席について天井を見上げると黒が鈍く光っている。元々、黒く塗られているものなのだが、何十年も紫煙に燻されてつづけたせいで、深く渋みのような色をたたえていた。かっこいい。
ノンアルコールカクテルを頼む。ブルーキュラソーがはいっていて爽やかな味。パソコンを開いて作業をしはじめたが、場に酔ってしまったらしく、キーを叩いた感覚が完全に酔っぱらってるときのそれだった。しばらくそんな感じでやっていたが、半分酔っぱらってるようなもんだし、あきらめて酒をオーダー。XYZをもらう。千葉雅也の「オーバーヒート」に出てきた酒だ。飲み屋には行くけど最近はビールやワインばかりだったので非日常感がうれしい。はじめて飲んだXYZはとても美味しかった。最近鬱々としていたので、すっきりした酸味と苦みが脳みそにしみる。苦い酒はうまい。いつも酒を飲むと本当に作業が出来なくなるのに、今日に限っては酒を飲んだあとも筆は進んだ。後で消すことになるかもしれないけど、まあいいやと思う。カクテルのメニューが豊富だったので、また来たい。

見た映画

蒼穹のファフナー HEAVEN AND EARTH

リマスター版上映。いつか劇場の大スクリーンで見たいと思っていたので見ることができて本当によかった。空の描写が美しく、それに応じるかのような斎藤恒芳さんの音楽が最高。斎藤さんの音楽はオオケストレーション+ピアノの曲が多く、劇場で聞くと聞きごたえがある。誰もが痛みを抱えながら生きながらも、いつだって対話を選び続ける。その姿勢に感服。それはBEYONDまで受け継がれ続けた意志である。来年のBEHIND THE LINEも楽しみです。
個人的に小林沙苗さんのハスキーな雄たけびが大好きで、劇場で聞くことができてよかった。カノンかわいい。

花様年華(2000年・香港 王家衛監督作品)

衿の立ったタイトなチャイナドレス。雨。タクシーのひとときの密室。曖昧な時間と曖昧な関係。
トニー・レオンがひたすらかっこいいのにひたすら煮え切らない。プロローグとエピローグの字幕が全てそれを物語っている。不倫、たけどプラトニック。お互い自分の役目や役割を理解していて一歩踏み出せない。ままごとのような恋愛。ごっこ遊びがヘキなので、かなりヘキにきた。「そんな言い方は夫はしないわ」「ほかに女がいるのね?」「泣くなよ、ただの練習じゃないか」二人の逢瀬ではBGMで何度も同じナット・コール・キングの音楽が流れる。ふたりが不文律を律義にまもるのを隠喩しているようだった。
パートナーに浮気されていることを勘づきながらも、証拠がなければ確信することはできない。人間は自分の内側からしか世界を見れない。花様年華は「人生で最も美しい瞬間」という意味。このふたりにとっての美しい時間がこの映画の中の時間だとすると、それは極めて主観的であり、だからこそ自分で大切にできる思い出なのだと思う。
「昔の人は大木に穴を掘ってそこに秘密を囁く。そこを土で埋めて永遠に封印する」と言い伝えを話すシーンは、ブエノスアイレスのテープを岬に捨てる話、欲望の翼の足の無い鳥の話、恋する惑星のパイナップル缶の話を思い出す。生きるためのおまじないみたいなものがあると楽になるし、映画としてのエッセンスにもなる。弱い人と弱い人が出会うと必然的にこうなるよね、というのをウォン・カーウァイは見せてくれるような気がする。どんでん返しはなく、あるのは必然のみ。
あと、ずっと思ってたけど中国人のバイバイの言い方がカワイイ(babbai、って感じ)


声が疲れてる(笑)

読んだ本

思弁的実在論と現代について: 千葉雅也対談集

まだ読み途中。イケメンについて考えた対談で、ジャニーズJr.が沢山出演するコンサートのセットを「ショタ曼荼羅」って読んでてワロタ。もう曼荼羅にしか見えない。喜多川氏の目指すものとか思想的なものもひっくるめてあれは曼荼羅に違いない。
いとうせいこうとの対談も良かったですね。過剰接続と限定化。いとうさんが「小説が書けないとき、タクシーでたまたま流れてきたラジオですら小説に関係あると思ってた」って言ってたんだけど、その気持ち分かるなぁと思った。書けないときって身の回りのヒントを見逃すまいと過剰に情報を摂取してしまう気がする。

芸術ウソつかない:横尾忠則対談集

ビートたけしとの対談が面白かった。「直感のままにドーンとかバーンとかそういう画が撮りたいのに、常識や感覚に矯正されてしまう」話がわかるなぁと思った。菊次郎の夏は「友達をデジカメで撮るみたいに撮った」と聞いて納得。だからこそカメラマンと結構喧嘩したらしい。井上陽水との対談で「僕の友達に奥田民生ってミュージシャンがいるんですけど…」って言い出したときは笑ってしまった。民生は誰でも知っている。
横尾さんもたけしさんも井上さんも、全員自分や自分の作品に気恥ずかしさみたいなものを感じているみたいでいいなと思った。


積読彼岸花の咲く島、死にがいをもとめて生きているの、は少しずつ読み進めているが、果たして返却期限まで読み切れるのか…彼岸花~は作中に変わった言語が出てくるので、読むスピードがどうしても落ちる。というか、今本読みたいけど読めない時期になってるっぽい。読めるときはほんとに一気に読めるのにな~。まー仕方がない。だからこそ対談集とか軽めの本が楽しい。あと、先日図書館で借りたアメリカ紀行が良かったので、買いました。



声が楽しそう。やっぱり声は嘘をつけない。


原稿は普通に今月で初稿が上がりそう。ヤッピー!このまま波にのって書き上げたい気持ちと、一度落ち着いてからリスタートしたい気持ちが両方ある。最近ずっと落ち着かないので…色々と感謝の気持ちが足りないから、毎日感謝の正拳突きでもしようかな…1万回は流石にできないので100回くらい。

ということで正拳突きをしてから誕生日に貰ったINEDITを飲みました!シャンパンのようなさわやかさと芳醇さ。これ単体で飲んでも料理と一緒に飲んでもうまい!!



脳みそが暇になると、答えのない答えを求める考えが止まらなくなってしまう。そういうときは「あ!また考えすぎちゃった」って声に出すと思考が止まることに気づいた。ちなみに考えていたことは、腐垢でのタグ使用と検索避けをどのレベルでするのかが、宣伝の効果を一定量維持した上で一番他者からの「叱られ」が発生しにくいか、でした。ろくにTwitterやってない私が考えたところで…なんですが、ステータス調整してクリアしてくバトルみたいで、面白いじゃん…

キンモクセイ開花記録②/ぐんぐんのぼる


10/15土曜日にまたキンモクセイが咲きました(2回目)

土曜の日記

夏前からずっと着手していた作業が手離れする。これで残りは原稿1本になる。締切までの日数を計算すると、印刷所にもよるがあと50日位。いけるな!とノリノリで机に向かうが文章は出てこない。そこでやっと自分疲れてるな…と自覚する。疲れを自覚するのは意外と難しい。そこで丸一日原稿をしない日にした。実は先週、原稿を1日文字も書いてない日が他にあったのだが、まぁ書けないもんはしかたない。休み過ぎでは…とも思わなくもないが、急がば回れ作戦で行く。家事をすべて済ませてから家を出る。やるべきことはやる。

テイクアウトでバインミーを買い、公園で食べた。バインミー、実は初めて食べる。軽くトーストされたフランスパンに野菜とパテと卵が挟まってる。ベトナム風のなます?キムチ?みたいなのが入っているせいか、意外と辛い。野菜たっぷりで美味しい。かないお腹いっぱいになった。同時に買ったベトナムコーヒーを飲む。昔、サンマルクカフェにベトナムコーヒーがあって、それを飲むのが好きだったのを思い出す。その感覚で飲んだらあまりのおいしさにびっくりした。ベトナム料理屋のベトナムコーヒーは一味違った…!苦さ・甘さのバランスが絶妙。しかも日本人向けにしてあるのか喉が渇くほどは甘くない。例えるならハイパーリッチジョージアエメラルドマウンテン。私はエメマンが好きなので、とても気に入った。

そして芝生の上で1時間ほど読書。宮崎智之の「モヤモヤの日々」を読む。物語を読むと疲れると思ったからだ。暑くもなく、寒くもなく、快適な日。広場に目をやると、おじいさんが一人で凧揚げをしていた。すごくかっこいいなと思う。風はほとんどない日だったが、手元をクックッと軽く数回引くと、凧はどんどん空へのぼっていった。凧を見ているときほど「揚力」を感じる時は無い。それは凧には動力がついていないからだ。もちろん飛行機も揚力を使って浮上するが、両翼に立派なジェットエンジンがついているせいかそこまで(おお~)とはならない。(もちろん、巨大な鉄の塊が空を飛ぶという別の感動がある)アマゾンで凧を注文したので今度自分でもやってみようと思う。

その足で江戸東京たてもの園へ。前から行って見たかったが初めて入った。今日は初めてが多いな。
前川國男邸が本当によかった。すべてが必要十分なサイズ感(現代の家から見たらむしろ広い)、吹き抜けから入る光が美しかった。照明や家具のチョイスも素晴らしい。住みたい! 田園調布の大川邸も大切に住まれていた形跡があちこちにあった。驚くべきことに、オーナーが数回変わりはしたが平成5年まで実際に使われていたらしい。園内は思った以上に広く見学に2時間ほど要した。晴れててよかったし、いい運動になった。商店街ゾーンも当時の製品が並んだりしていて面白かった。

家に帰って夕食を食べる。そのあとしばらく意味もなくスマホをいじってしまった。最近スマホを触る時間が長くていけない。読みたい本がたくさんあるのに、こんなことで時間を腐らせてはいけない…ねたみは魂の腐敗であるとソクラテスが言っていたが、ネサフも魂の腐敗である。しかし、ネサフそのものは悪ではない。私が見に行くコンテンツ、さらに言えばそれを見に行こうとした私が弱いだけの話なんだよねこれ…
私は弱い、に関連した話だと、自分はよく近い未来(それこそ1週間後とか1か月後の出来事)についてあれこれ想像しては不安になっている。でも1週間や1か月の間に予想外のことが起きて、想像とまったく違う結果になる確率がかなり高い。だから寝る前に漠然とした人生の不安を考えるのは本当に不毛だしエネルギーの無駄遣いだなと思う。もちろん、備えられるものであれば備えるに越したことはないが(災害時の防災キット、仕事の資格や免許関係)どうにもならないときは考えてもしかない。考えても仕方のないことは考えるな…ぼのぼのでアライグマくんが「後で困ることを、なんで今困るわけ? あとで困るならあとで困れよ」って言っていたように、あとで困ればいいことはあとで困ろう。そうしよう…

しいたけ占いに「空白の一日を作ってみて」と書いてあり、奇しくも実現できた一日のでした。

日曜の日記

朝起きてすぐ近所の喫茶店で作業。テーブルが広くてのんびりしやすい。店としても作業推奨してるっぽいので、しばらく休日はここに通おうかと思う。その後、図書館へ移動、また作業。エンジンはすぐかかるが、ガソリンもすぐ切れる一日だった。朝、昼、晩に作業を三分割してノルマクリア成功(おめでとう)夜は2時間ほど読書をした。
図書館の帰り、ケーキ屋さんでいつも売り切れているモンブランを買えた。今まで食べたモンブランのなかで2番目に美味しかった!なぜ一番じゃないかというと、土台部分がビスケットタイプだったので…食べにくいからスポンジがいい…ナンバーワンは小布施堂の朱雀モンブランですかねやはり…あれはスポンジだし、なにより栗がうまい…


読んだ本

桝野浩一「毎日のように手紙は来るけれどあなた以外の人からである」

寝る前に少しずつ読んでいる。1ページに1首掲載されていて贅沢。枡野さんの短歌は「かっこつけないようで実はかっこつけてるかっこわるさを若者の希望とよびたい」みたいな魅力があるな。我ながらどんな例えだ。枡野さんが若い頃に持っていた歌の魅力は、年月を経ても失われず、かっこつけてるかっこわるさがほんとうにかっこよかった。なんだろう、ただの等身大の短歌、とか月並みな言葉で片づけていい歌集じゃない。いつまでも残ってほしい朗らかな口語の短歌だった。

毎日のように手紙は来るけれどあなた以外の人からである
でも僕は口語で行くよ 単調な語尾の砂漠に立ちすくんでも
他人への怒りは全部かなしみに変えて自分で癒してみせる
無駄だからやらないんだね 無駄のない人生なんて必要あるの
愛読はもうできないと知っていて変えない本が何冊かある

枡野浩一「ショートソング」

まだ読み途中。1話3ページにまとまってるのでテンポよく読める。ところどころで短歌が引用されていて「おっ」っと思う。

吉川浩満 「人間の解剖はサルの解剖のための鍵である」

私にはまだ早かった本だった……かいつまんで読むと、千葉雅也との対談がある。難しい事象を難しいままに理解し伝えることができる人たちの会話がすごい。

朝井リョウ「死にがいをもとめて生きているの」

まだ序盤までしかよんでいないが所謂「ててて構文」が使われている。同人小説特有の表現かと思っていたが一般でも使う人がいたのか…と衝撃を受ける。

ピエール手塚「ゴクシンカ」

断れない「顔の怖い男」が極道になり最恐への道をたどる話。
食堂のババアがスタンドみたいに出てきたところで、H×Hのネフェルピトーの念能力「玩具修理者(ドクターブライス)」を思い出す。この連想が作者の意図したものかはわからないが、私はそう感じた。いろんな漫画のオマージュを入れているそうだから(作者Twitterより)私が気づいていないだけでもっとたくさんあるんだろうな。相相手の圧力や周りの雰囲気にに屈して自分を曲げ、いつも損をしてきたという悔しさの描写がいい。

ピエール手塚「ひとでなしのエチカ」

連作短編3本を収録。1本1本が重くて1日1本ずつ読んだ。これについては後日ちゃんと書こうと思う。

※自分用メモ
エチカ=倫理。または哲学者スピノザの著書。ユークリッド幾何学の形式に基づき神、人間の精神について定義と公理から定理を導き演繹的に論証しようとした。


積読
李琴峰「彼岸花が咲く島」
齋藤孝「軽くて深い 井上陽水の言葉」
中野でいち「君の戦争、僕の蛇」


ここのプロフィール文を前から変えようと思ってるんだけど、どう頑張っても編集ページがみつからない…アカウント設定で他の文言を入れても変わらない……ドウシテ……ドウシテ……


最近のマイブームは氷枕(アイスノンソフト)です。台風シーズンの夜、湿度が高くて寝苦しかった時に保冷剤頭にあてて寝たらすごく熟睡出来て、それ以来ずっと使ってます。頭寒足熱はマジだった。脳みそが冷えるので寝る前に考え事して眠れなくなる事態の回避確率が上がる。本当にオススメ。真夏から使えばよかったな。冷たい部分が首に当たると首こりが加速する気がするので注意。
今の段階で分かっていることは、原稿の序文は丸々書き直ししないといけないので、少々だるいなということくらいです。土曜にみたぐんぐんのぼる凧あげのようにうまくはいかないけど、なんとなくうまく行く予感がある。今月中に初稿を上げられるようにがんばりまーす。

明日はKIRINJIライブです。楽しみです。

どうして人は同人誌を刷りすぎてしまうのか?

私はいつも同人誌を刷りすぎてしまいます。根底に「欲しいと思った人が、欲しいと思ったタイミングで、確実に手に取れるようにしたい」という理念があるからなんですが、それにしたって毎回余るほど刷っては「あちゃ~」という事態になります。

同人誌、自分の想定より頒布数が少なかった、という話はよく聞きます。そのような現象が起こるのは、2つの要因があるのではないか、と私は考えました。

1.作り手と書い手の認識の違い

作り手は自分の作品に愛着を抱きがちです。「できるだけ多くの人に見てもらいたい」と思うことは自然な心の反応ではないでしょうか?

しかし、買い手はにはその「制作の愛着」はありません。さらに、サンプルが面白いか、頒布価格が自分の購入基準に準拠しているか、入手方法がマッチしているか(イベント会場、通販(とらのあなorBOOTH etc.)、自宅に保管スペースを確保できるかなど、購入に至るまでさまざまなジャッジのふるいにかけられます。

作り手…自分の作品に愛着があるので過大評価しがち
買い手…パッケージ化された部分しか知らないため過小評価しがち

似た話でThe 9x Effectsという理論があり、これが今回の話に近いと思います。

企業「これは間違いなく売れる!!」・消費者「いらねー」→売り手と買い手の新製品に対する反応には9倍のギャップ(The 9x Effects) - Togetter

このように、作り手と買い手には「同人誌」への認識の乖離が生じ、結果思ったより手に取られなかった…という現象が発生してしまうのではないでしょうか。

また、最近はエンタメに金を払わなくなる傾向にあります。エンタメ業界全体で無料コンテンツが充実していますし、二次創作もtwitter,pixiv等で済ませるという人が体感的ではありますが、増えている気がします。そもそも同人誌という媒体そのものの需要が落ちているのかもしれません。

さらに、二次創作の場合はいわゆる「ジャンルの勢い」によって頒布数が大きく左右されます。ジャンルの栄枯盛衰によって読み手の母数はびっくりするほど大きく変化するからです。そして読み手は作り手に比べフットワークが比較的軽いため、斜陽化すればするど「このジャンルに墓を建てる」と息巻く書き/描き手との意識の乖離が大きくなるわけですね。(一方でコレシカナイ需要も出てくるので、一概にそうともいえないのですが…)


2.紙本の印刷費用

同人誌は基本的に沢山刷るほど1冊あたりの単価が安くなります(同人誌以外の製品も同様です)

例えばA5/32P(カラー表紙)の本を刷る場合、見積価格が以下の通りだったとします。※見積価格や部数はあくまで例です

10部 5000円(単価500円)
20部 8000円(単価400円)
30部 10000円(単価333円)

あなたが20部前後刷ろうと思っていたとき、上の見積を見たらどう思うでしょうか?
こう思いませんでしたか?「あれ、20部も30部も値段そこまで変わらないな…」と。差額は2000円。ランチ2回分程度しか変わりません。そんなとき、夢と期待を込めてつい30部刷ってしまうのが人間の性”サガ”ではないでしょうか?

ここからちょっと現実的な話になりますが、頒布価格を400円にする場合、20部の場合だと原価率は100%になります。しかし、30部の場合原価率は83%です。25冊売った時点で原価はペイでき、実質無料で本がでます(あくまで持ち出し費用の話で労働コストは無視します)。そればかりか、完売すればイベント参加費の足しになる程度の利益が出ますね。

そんなこんなの事情があるので、人間は同人誌を刷りすぎてしまうのだと思います。30部刷って6割売れればロスは12冊ですみます。が、実際には100部単位で発注するひともたくさんいるわけで…10部20部どころではないロスが今もどこかで発生しているのかもしれません。


実はブログを書く前に収録した回。

なお、私は今回もマジで刷りすぎましたね。半分でも余るくらいだったので流石に反省しました(前回も半分でも余ったよ)お金ももったいないしね。赤字もいいところですよ、本当に。いい加減学べよ…って思いますが、最高にいい本だから沢山刷りたかったんだよね。別に経済活動じゃないしね。なので今書いてる次の本も…いっぱい刷ります!!!(振り出しに戻る)


結論:人間(私)は愚か


私の本、最高なので買ってください!!!!

アラウンド・ミー=自分

低気圧と花粉がひどい週末だった。しかしその割には善戦したんじゃないかと思う。ノルマクリアできなくとも半分はこなしたり、普段はできない作業をやったりした。もうやりたくね~になったら諦めてすぐ本を読んだ。そのおかげで今週末は結構読書ができたのでよかった。しかし、進んだ作業に対するコストがかかりすぎていて(家じゃ集中できなくてあちこちのカフェでやった)若干財布が寂しい。誕生月だからといって贅沢しすぎたな。

どうにも最近、肌の調子がいいぞ?!と思っていたが、花粉がひどくなるにつれて肌荒れも進行している…テンションが下がる。

こんなに順調で大丈夫か?/徒歩圏の聖地巡礼 - 狂気の沙汰も萌え次第
3月は死ぬほど順調みたいだったらしいけど、今は全然大丈夫じゃないですね…


劇団四季のミュージカル「アラジン」を見た。

開演前に見た香盤表の一番上が「ジーニー」になっていてなんで?と思ったが、納得。ジーニーの存在が全体の半分近くウエイトを占めている。そしてジーニーのナンバーが最高にかっこよく、お茶目。Friend Like Meはずっと魔法を見ているような気分だった。声色も演技もコロコロ変わるし、客もきっちり弄って笑いを取るし、歌もダンスもすごい。
オペラ座の怪人やキャッツも見たい…どちらもいま東京ではやってないので、旅行がてら是非行きたい。




月曜の日記

祝日。連休最終日はだらけがちだから、朝一の回の映画に行こうと計画していたが、前日の夜、考え事をして眠れなくなってしまったせいで寝坊。結局見に行けなかった。そこからすぐ行動すればいいものの、YouTubeなどをみてあっという間に昼になってしまう。貴重なAMの脳味噌を動画に使うなんて…とこの時点で落ち込みかけたが午後挽回することを誓う。電車に乗って喫茶店で作業。地元でやろうにもどこも混んでて気乗りしなかった。ノルマの半分こなしたところで集中力が切れ、外に出た。色々あって気持ちが落ち着かなかった。
腹が満たされれば気持ちも落ち着くだろうと思って、ゲームさんぽを見てからずっと食べたかった一蘭を食べる。そういえば一蘭には高菜がない(高菜、食べてしまったんですか?をやりたかった)。そして胃もたれした…こってりはもうキツい歳なんですか!? 一蘭って高いし、味も「超最高!」ってほどでもないけど、あのアトラクション性と無難な味に惹かれてたまに行ってしまうんだよな。味で言うと前住んでたところにあった長浜ラーメンが最高に美味しかったな…
帰宅後、シャワーを浴びてそのまま寝てしまった。今週末は出かけるタイミングが多かったせいで、ここに書いた以外にも見知らぬ他人の言葉や行動に動揺することが多かった。なんか、現実は小説より奇なりっていうか…そんなことある!?って場面に沢山遭遇した。本当に疲れた…疲れたから山に行きたいな…と思い、前回登山したのいつだっけ?と写真フォルダを振り返ると、なんと!先週末だった…今週の濃度が高かったせいか遠い過去の話のように思える。
夜に30分ほどジョギングをする。緑が多いところを選んで走った。途中、いきなり生ぬるい風が吹いて、木がいきなりざわざわしはじめる。いつもは気にしないのに、色々あった後だから怖くなりそそくさと帰った。



読んだ本

上田啓太「人は2000連休を与えられるとどうなるのか?」

最初は「2000連休いいなー」と気楽な気持ちで読んでいたが、1000日目あたりから全然笑えなくなる。最後は哲学者じみた思考記録が続く。記憶の墓を暴くと躁と鬱を繰り返して不安定な状態になるんだな。記憶はある程度忘れられるから人生が上手くいく部分があるのかもしれない。
他者や外部とのかかわりが無くなると自分の形を認識するのが難しいのは、自分という存在が「他人の存在」で縁取られているからなのかもしれない。人間は自分の話をするとき「××で働いていて、○○の配偶者で、△△というアーティストが好きで」と自分の説明をするために他人を使う。その自分を縁取るものが無ければ自分の形を認識しにくくなるのもわかる。自分が自分であることに現実感が無く、自分の濃度が薄まっていく。引きこもり生活において、自分に割ける時間が長けくなれば長くなるほど自分が分からなくなる、というのは、人間が社会的動物であることの証左なのかもしれない。現実は幻想のフィルターを通して見ている。読後感は岩泉舞のふろんを読んだ時とどこか似ていた。
それにしても、筆者は2000連休中も文筆業で最低限の生活費を得ているし、図書館にも行くし、散歩もするし、スタバもたまにいく。なんか結構理想的な生活かもしれない。

木下龍也「オールアラウンドユー」

「きみを嫌いな奴はクズだよ」から6年、待望の第三歌集。布張りに箔押しの装丁が美しい。こういう上製本を作ってみたくなる。
物事を見つめる独特な視線はそのままに、温かみやSFっぽさが増強されている感じ。無人販売所に置かれたメモ的な温かさがある。書き手は孤独で、読み手も孤独。でもさみしくはない。そんな感じ。

詩の神に所在を問えばねむそうに答えるAll around you
ひっぱってくれるタイプの犬だったときおりぼくにふりむきながら
もうすこしねむっててくれ目覚めたらきみを泣かせることばかりある
詩はすべて「さみしい」という4文字のバリエーションにすぎない、けれど

吾妻ひでお失踪日記」「アル中病棟」

絵がうまい。漫画の仕事が嫌になって飛び出してホームレス→ある日スカウトされて配管工→また漫画を描き始める作者。生命力が高い…復帰したら週刊連載、隔週連載、月刊連載、読み切りを抱える生活。生命力が高すぎる…アル中の治療は「アセトアルデヒドを阻害する薬」を飲んで強制的に下戸にしたうえで生活や認識の改善をしていくのを初めて知った。終始コメディタッチで描かれるので重くならず読める。酒って、現実から逃れるための手段であって目的じゃないから、アルコールのない現実(ストレス)と向き合う仕組みづくりとか、心の空洞をどうやって埋めるのかを考えないといけない。

カツセマサヒコ「明け方の若者たち」

「夜行秘密」がめちゃめちゃ苦手だったので、人気のこれならいけるか?と思い読んでみた。が、全然合わない。どこにでもある話をカメラアプリでフィルター加工して、「エモい」ってセルフ美化してるような話。やっぱりカツセマサヒコは合わない。レビューをみたらやっぱり「エモい」の連発レビューばかりで(なるほど…)となる。今の若者にウケるには何より共感であるという言葉を思い出す。それにしてもこれほど合わない作家もめずらしい。個人的に、キリンジが舞台装置として使われた時点で読むのをやめようと思った。

暗渠パラダイス!

単なる暗渠の紹介だけでなく、地域の風俗や文化も絡めて紹介されていてよかった。というか、地域の文化が暗渠を暗渠たらしめているわけで。人間の生活は水と密着しているから、離れては生きていけないんだろうな。競馬場の話が食い込んできたところが面白かった。

筒井漫画瀆本

筒井短編作品のコミカライズ・アンソロジー。「傷ついたのは誰の心」が蛭子能収によって漫画化されていて感動した。コミカルさとシュールさと何とも言えない悲壮感が最高のバランスで漫画になっている。「イチゴの日」、「セクション」がめっちゃ怖かった。吾妻ひでおのサイレント漫画「池猫」、淡々と池に猫を捨てる描写が怖い。でもなんかかわいい。


見た映画

劇場版 響け!ユーフォニアム~北宇治高校吹奏楽部へようこそ~

下手な吹奏楽部の演奏とややこしい人間関係がホントにリアルで吐き気がする(褒めてる)ほんとに吐き気がしたので、自分はけっこう感情移入して作品を見てしまうタイプなんだなと思う。かおり先輩みたいな先輩いたな~、とかゆうこ先輩みたいな人、いたな~とか…

ブエノスアイレス

DVDで再視聴。2回目見るといろんな仕草に気づく。1回目はウィンの奔放さにひたすら圧倒されたけど、ファイもなかなかにきついことをするな(パスポートを隠す)。やり直したいのはどっちだよ、という。トニー・レオンが悩んでる姿はとにかく絵になる。



初心忘るるべからず…


気を抜くと嫌なことを思い出して嫌な気分になりそうなので、意識してよく本を読んだ。先週に引き続き漫画もよく読む。
今週同人誌の通販を開始するので、なんだか落ち着かない。何もない一週間はあっという間に過ぎるのに、同人誌を出す直前の一週間はやけに長い。家に同人誌が届いた時点で満足したが、なにせたくさん在庫があるので(なぜならたくさん刷ったので)、他の人にも手に取ってもらえると嬉しいな。

そして週刊少年ジャンプ公式から10/24からHUNTER×HUNTERの連載再開するとの発表がありました。嬉しい。なんと4年ぶりらしい…4年。4年か…長期休載すると話の内容やキャラの設定の細かい部分って忘れたりしないのだろうか?と純粋な疑問として思い浮かぶ。どんなふうに管理しているんだろう。ジョナサンがシーザーのバンダナを巻いている荒木先生の絵をみると、どうにでもなるんだろうな…という気もする。



最近外に出てばかりなので、今週末は電車に乗らず、自転車で近所を散策したい。実は今週末もやろうかなと思っていたが、雨が降ったりやんだりで出来なかった。晴れるといいな。猛烈にキャッチボールがしたい。でも「今週末公園でキャッチボールしない?」って誘える友達はいない。だから…一人で凧揚げをします。身体がなまっている。運動したい。